Carnegie Hall

Carnegie Hall

場所: ニューヨーク州ニューヨーク(New York, NY)
概要:
カーネギーホール(Carnegie Hall)は、アメリカ・ニューヨーク市マンハッタンにある世界的に有名なコンサートホールです。1891年に鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの資金提供によって建設され、以降、クラシック音楽をはじめ、ジャズ、ポップス、演劇など多様なジャンルの舞台が行われてきました。建物は歴史的な美しさを保ちつつ、近代的な音響設備も備えており、「音響の良さ」で高い評価を受けています。主に三つのホール(メインの「アイザック・スターン・オーディトリアム」、室内楽向けの「ワイル・リサイタル・ホール」、現代音楽などに適した「ゾンネンバーグ・スペース」)で構成され、多様な演奏スタイルや規模に対応できます。世界中の名だたる演奏家たちがこの舞台に立つことを夢見ており、カーネギーホールは音楽家にとって一種の到達点とも言える存在です。また、一般の観客にとっても、最高峰の音楽体験ができる場所として広く親しまれています。


「ボストン交響楽団のチケットを取っただって? そりゃすごい。なかなか手に入らないんだよ」
ニールが言った。

彼の言う通り、実はチケットを取るのにはかなり苦労した。ひと月以上も前にチケットサイトを確認したときには、まだ席は十分空いていた。けれど、旅のスケジュールが確定していなかったため購入を先送りにしてしまい、そのまますっかりチケットのことを忘れていたのだ。思い出したのは、ニューヨークへ飛ぶ前日の夜だった。

「どうしよう、希望の日程のチケットが完売になってる……」
私は本気で泣きそうになった。

アメリカを作った男たちのひとり、アメリカンドリームをつかんだ鉄鋼王アンドリュー・カーネギーが建てたこの由緒あるホールで、本場のオーケストラを聴くこと。それは、この旅でどうしても叶えたかった願いのひとつだった。

摩天楼が欲と権力の象徴のように夜空へと突き刺さる、眠らない街ニューヨーク。そんな光景にはあまり興味が湧かない(高いところが苦手なので)。でも、カーネギーホールだけは、どうしても、どうしても行きたかった。なのに席がない。無いものは無い。

それでも諦めきれなかった私は、翌朝もう一度チケットサイトを開いた。
すると――鉄鋼王が微笑みかけてくれたのだろうか。キャンセルが出たのか、4席だけ空きが出ていた。震える手で必要事項を入力し、最後に「購入」ボタンを押す。購入完了の画面を確認して、再びサイトを開き直すと、残っていたはずの2席も完売していた。おそらく、本当に背後では争奪戦が繰り広げられていたに違いない。

そんな経緯もあって、カーネギーホールのアイザック・スターン・オーディトリアムに席をおろした瞬間の感動は、言葉では言い表せないものがあった。

何度も何度も繰り返される「ブラボー!」のアンコールに、勝手がわからない私たちは周囲をチラチラと見渡して、常連客らしき紳士淑女の動きを真似ることに精一杯だった。

カーネギーホールの赤いベルベットの椅子に身を沈め、天井にきらめくシャンデリアを見上げながら、ふと私は思った。
もし時代が違っていたら――ここは、まさにブルジョワジーたちが夜ごと集い、グローブをはめた手でシャンパンのグラスを傾け、名刺の裏にそっと次の商談の約束を書きつける、そんな「社交と交渉の劇場」だったのだろう。音楽は単なる贅沢ではなく、選ばれし者たちの通行証のように機能していたに違いない。

今ここにいる私は、過去のそのざわめきを幻のように感じながら、かすかな誇らしさと、ひとしずくの“異邦人”のような感覚とを同時に味わっていた。

「このTシャツのロゴ、Stranger Thingsだよな」と開演前に笑っていた私たちは、もういない。

ブログに戻る